Q&A:学校 No.0333
【Q】先生がえこひいきする。
わたしは、学校が大きらいです。
朝おきて、ああ、きょうも学校か、と思うと、ゆううつです。
成績も中学になってから、ぐんとおちました。
わたしは勉強する気がしないのです。
テストのために、むちゅうになって机にかじりついているなんて、
ばからしい気がします。
それに社会科を教えてくれる担任のK先生は、とてもえこひいきの強い先生で、
頭のいい子ばかり、ひいきします。
S君やY君を指名するときは、声まですごくやさしいのです。
わたしなど、めったにさしてもくれません。
高校入試は、内申書がかなりものをいうそうですが、K先生はお気にいりの
人でなけれぱ、いい内申書など書いてはくれないでしょう。
そうすれば、希望の高校へもいけないにきまっています。
わたしは学校は中学でやめて、職場ではたらきたいのですが、
両親はとうぜん高校へいくものときめているのでこまります。
先日親に高校には行かないと言ったらすごく叱られました。
わたしはどうしたらいいのでしょうか?
教えてください。
【A1】君もえこひいきされたいのかな?
君の本心はどうなんだろう?
もしかしたら“えこひいき”されたいのだろうね?
それはそうと“えこひいき”の意味って知っていますか?
えこひいきは依怙(えこ)と贔屓(ひいき)の合成語というこです。
えこは「頼るもの」「頼りにするもの」の意味から「頼りにする者を支援する」
という意味に最初は使われていたそうですが、だんだんと一方だけを肩入れする
意味に変わったそうです。
ひいきは、特定の人を助けるために力を入れたり、目をかけるという意味で、
この言葉の意味だけを考えると、君の感じているように「不公平だ!」という
ことになるのでしょうね。
“えこひいき”という言葉は、学校の先生に対して生徒が使ったり、
親に対して子供が使ったりする以外はほとんど使われない言葉です。
その証拠に、たとえば女の子が二人いて、一方が君の好きなタイプで、
他の一人は嫌いなタイプとしたら、君はどちらをガールフレンドに選びたいですか?
もちろん君は、君の好きなタイプを選ぶはずです。
そして選ばれなかった女の子は、君に対して“えこひいき”と思うでしょうか?
それと反対に、君と男友達の二人から君が女の子に選ばれたようなときも、
選ばれなかった男友達は“えこひいき”と思うでしょうか?
たぶんどちらの場合も“えこひいき”とは思わないでしょう。
好きとか嫌いとかの場合は“えこひいき”とは言わないようです。
“えこひいき”という言葉が学校の生徒の間で使われるのは、
「同じ生徒のはずなのに・・・。」という考え方からで、
家庭で子供が使うのは「同じ子供のはずなのに・・・。」という思いからなのです。
でも少し考えてみましょう。
兄弟であっても姉妹であっても、それぞれ違う個性を持った人間です。
親も同じように個性を持った人間です。
人間だから個性があり、個性があるから好き嫌いをしたり、好き嫌いされたりも
するのです。
自分の子供が二人以上いた場合、親の愛し方や好きだという思いが違って
あたりまえなのです。
同じ子供なんだから大切なのはとうぜんだし、好きに決まっているのだけれど、
子供の個性に合わせてその接し方は違ってくるのです。
その違いを子供は“えこひいき”と言って非難しますが、それはまったく間違った
使い方なのです。
一つの家族に複数の子供がいて、姿形や言葉遣い、生活態度や学校の成績、
その他すべての部分でまったく同じなら、その子達に対する親の違った接し方は
“えこひいき”と言っても良いでしょうが、実際はそんなことはありえない
でしょうから、“えこひいき”とは言えないのです。
学校の中でも同じです。
先生は数十人の生徒を常に指導しています。
生徒の中には、男の子もいれば、女の子もいます。
成績の良い子もいれば、成績の悪い子もいます。
勉強やスポーツで頑張る子もいれば、そうでない子もいます。
授業態度がまじめな子もいれば、そうでない子もいます。
宿題をきちんとやってくる子もいれば、そうでない子もいます。
身体の丈夫な子もいれば、そうでない子もいます。
スタイルの良い子もいれば、そうでない子もいます。
美男子や美少女もいれば、そうでない子もいます。
君にはもう分ったと思いますが、これらの生徒をまったく同じように指導する
ような先生がいたら、かえっておかしいのです。
そんな先生は、生徒の個性をまるで無視して、全員を同じ規格のロボットとして
扱っているようなものです。
君は“えこひいき”を差別するという意味で使っているようですが、
“えこひいき”の本来の意味は区別することなのです。
先生は、成績の良い子には授業でその能力を発揮することを期待します。
スポーツの得意な子には部活や協議会で結果を出すことを期待します。
音楽や絵画に才能のある子には、その才能が伸びることを期待します。
成績の悪い子には、もっと努力することを期待します。
先生は、生徒に対する期待に合わせた指導をするのです。
それは差別ではなく区別なのです。
区別は学校に限ったことではありません。
社会に出ればいたるところに区別はあります。
仕事を選ぶにしても、採用・不採用の区別があります。
学歴によって採用する条件(給料など)が違うという区別もあります。
仕事についてからでも、学歴や能力によって昇給や昇格にも区別があります。
社会のこんな区別を“えこひいき”とはぜったいに言いませんが、
もし君が今の“えこひいき”にたいする考え方をそのまま持ちつづけると、
君はどこの世界にも住めなくなってしまう人間になる可能性があります。
“えこひいき”は差別ではなく、人がそれぞれ持っている個性と能力を区別する
ものなのです。
人は個人々々みんな違う存在なのですから、区別されることはとうぜんですし、
同じように扱われる方がおかしいのです。
そして努力して才能を発揮する人間が他の人と区別されて“えこひいき”を
されることになるのです。
君だって“えこひいき”される可能性は充分にあります。
考え方を変えて、自分が“えこひいき”される側にまわれるようにしてみたら
どうでしょう?
「勉強するのが馬鹿らしい。」「勉強する気がない。」
それでは成績の落ちるのはあたりまえです。
先生に区別されるのもとうぜんです。
成績が良い生徒だけが合格できる高校に、成績の悪い生徒も同じように入学さ
せたらそれこそ問題です。
内申は受験に影響します。
だからといって、成績の良い生徒に悪い内申書を作ったり、成績の悪い生徒の
内申書を良くしたりすることはありません。
先生は可能な限り具体的に、生徒の能力や個性や考え方を内申書として作成する
のです。
つまり君の考え方は、100%間違っているのです。
努力する意思のない生徒を努力家と内申書には書けません。
学校嫌い・勉強嫌いの生徒を、学校が好き・勉強が好き内申書には書けません。
事実を事実として報告するためのものが内申書なのです。
そして事実と異なる内申書は、すぐにばれるものです。
もしそんなことがあったら、その先生は先生としての資格を失うだけではなく、
その先生の勤めていた学校そのものも信用されなくなり、その後の生徒の内申書
まで疑いの目で見られるようになるのですから、ぜったいにありえないことです。
さらに君の考え方は甘いです。
努力することや絶えることが嫌いな人間は、社会の何処にも受け入れてもらえま
せん。
「疲れるから仕事はいやだ!」「こんな給料じゃ馬鹿くさくて働く気になれない。」
「なんであいつの方が俺より待遇がいいんだ!」「えこひいきだ!」
などと君が思うようになることは目に見えています。
君が高校へ行きたくないのは、勉強が嫌いでも馬鹿くさいのでもなく、
単に逃げたいと思っているからだけなのです。
君のように本気で勉強をしたことも、しようと思ったこともない人間には、
勉強が嫌いとか馬鹿くさいなどと言う資格も、考える資格も本当はないのです。
社会へ出て働くことは、学校で勉強するより何10倍もの苦労があります。
学校より楽だと思ったら大間違いです。
今からでも遅くないはずです。
考え方を変えて、君も“えこひいき”されるような人間になって下さい。
たった数年間のがんばりが、その後何10年もの人生を左右するのですから、
やって損はないはずです。
それには高校へ進学すべきです。
希望する高校へ入学できなくても、高校で努力すれば充分追いつく方法も
ありますが、今逃げたら一生後悔することになります。
【A2】先生の立場で考えてみよう!
一つのクラスには30人以上の生徒がいます。
その生徒の誰をもえこひいきしないようにするには、あるいはえこひいき
しているように思われないようにするためには、全員の生徒をまったく同じ
ように扱わなければならないということです。
そうするためには、全員の生徒と一定の距離をおいて、親しく口をきく
こともなく、誉めもせず叱りもせず、事務的に機械的に淡々と授業だけに
集中して、一切の人間的な感情を表さないようにしなければならないこと
になるかもしれませんね。
がんばった生徒にも頑張らなかった生徒にも、結果を示すだけで何の
助言もしない先生。
風邪を引いて具合の悪そうな生徒がいても、「だいじょうぶか?」の声も
かけない先生。
困ったことや悩み事の相談をもちかけても、ぜんぜん相手にしてくれない
先生。
こんな先生なら、ぜったいにえこひいきしているとは言われないはずです。
でも、そんな先生ばかりの学校が楽しいでしょうか?
楽しいはずはありませんよね。
生徒は感情を出さない冷たいだけの先生を求めているのではなく、
他の人と同じように関心をもって自分を見ていてほしいと思っている
のですから、こんなやり方をするような先生は反対に敬遠されてしまう
はずです。
先生という仕事はけっこう難しい仕事ですね。
先生も人間ですから好き嫌いはあるし、相性の良い生徒もいるし相性の
悪い生徒もいるはずです。
知識を与えることだけでなく人間としての感性を育てながら、同時に
えこひいきと思われないようにその生徒達と接していかなければならない
のですから、先生は大変だと思います。
同じように接したら冷たい先生と言われ、違った接し方をしたら
えこひいきする先生と言われてしまう。
「それではどうすればいいんだ!」
先生だってそう言いたくなるはずです。
そんなふうに考えると、生徒の思いと先生の思いとを、えこひいきと
ならないように実現するためには、結論は一つしかないかもしれません。
全員を、一人一人を、えこひいきすることです。
勉強ができる子には「がんばってるな!」と褒め、
走るのが得意な子に「速いなー!」と褒め、
背の高い子には「大きいなー!」と褒め、
力自慢の子に「強いなー!」と褒め、
絵や工作が上手な子には「うまいなー!」と褒め、
弁当を食べるのが早い子には「かなわないなー!」と褒め、
・・・とにかく一人一人の違った個性を理由に、全員をえこひいきする
しかないですね。
こんなことができる先生がいたら生徒は幸せでしょうが、なかなか
そんな先生はいないはずです。
あなたの先生がえこひいきする先生かどうかは、私にはわかりませんが、
すこしひがみ根性で見ているような気もします。
努力しなければ良い結果は出ませんし、良い結果を出さなければ認めて
もらったり、誉めてもらえないのは、何も学校だけに限ったことでは
ありません。
社会に出れば学校以上にもっと厳しくなるはずです。
そのようなことをもう少し考えて、進路については、ご両親とも良く
話し合って、慎重に決めて下さい。