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Q&A:自分 No.0163
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【Q】口先だけの会話をする自分がいや!
- 高校3年生の女子です。
- 心にもないようなことを口先だけでしゃべっているのではないかと思う時が、
- しばしばあります。
- 友だちと話していても、「そうだよね」と相槌をうったり、
- 心から思ってもいないのに「ごめん」などと口先だけで言ったりしていることに気がつくのです。
- それに、他人の外見だけを見て、「この人は、ここがいやだな」とか、
- 「何か変だな」などと思ってしまうこともよくあります。
- 心の中でそう思っていながら、「でも、この人と話をするとすれば、
- 思っていることは顔にも出さないで、きっと口先だけの会話をするのだろうな」と考える自分もいます。
- こんな自分がいやになります。
- どうすれば心からものの言える人間になれるのでしょうか。
- どうか、アドバイスをお願いいたします。
【A1】欠点は長所でもあるのです。
- 「自分のここが嫌い。」と思うのは誰にでもあることです。
- 何故嫌いなのか?・・・その理由はそれが自分の特徴だからです。
- 他の人にはない自分だけしか持っていないものだと思うからです。
- でも自分では欠点だと思うことでも他人の目からは長所と見えることや、
- その反対に自分では長所と思っていたのに、他人から欠点として指摘されたりすることだってあるのです。
- 長所と欠点とは裏表の存在だからです。
- 貴女の嫌う“口先だけの会話”も貴女の長所であると考えて下さい。
- 普段会話をする時、常に自分の思っていることや考えていることを、
- 誰構わず正直に口に出すような人は少ないと思いませんか?
- 自分の言葉をコントロールすることは、誰もが自然と行っていることです。
- もしも思ったことや考えていることを、そのままストレートに口に出してしまったら、
- 多くの場合、口論や喧嘩になることでしょう。
- それを避けるための知恵を人間は持っているのです。
- 他人を傷つけないために、そして自分も傷つかないために、
- 会話の中に曖昧さや婉曲さを入れて人間関係の調和を保つようにしているのです。
- 別に嘘をついて相手を騙す積りではないのですから、それを思いやりと考えたらどうでしょうか?
- “口先だけの会話”という表現をすると何か悪いことのように聞こえますから、
- “思いやりの会話”と考えたらどうでしょうか?
- 貴女のように自分の会話を見つめなおして反省するような人はまずいないでしょう。
- それだけでもすばらしいことですし、世の中にはそんなことすら出来ない人だって多くいるのです。
- 言葉はなにも意思の伝達だけで使うものではなく、自分の感情を相手に伝えたり、
- 相手の思いを感じたりするものです。
- 良い感情なら伝わってもかまわないでしょうが、悪い感情は伝えたくないものですし、
- 伝わったら困る場合だってあることでしょう。
- そんな場合でも、言葉の中に“思いやりの会話”が込められている限り、
- 人間関係の調和を保つことが出来ると思ってください。
- 貴女の“思いやりの会話”は貴女の長所です。
【A2】私は逆でした。
- 私は小さい時から負けず嫌いで意地っ張りで、思ったことははっきりと言うような性格でした。
- そのため友達とはよく喧嘩しました。
- 小学校の頃と中学の頃に、父の転勤で3回転校したことがありました。
- 最初の転校は小4になる時でした。
- 3年生のクラスのみんなにお別れもすませ、後わずかで引越しの日を迎える頃、
- 幼稚園から小学校まで一緒だった仲良しのA子ちゃんと喧嘩をしたのです。
- 彼女も私同様に気の強い子で、喧嘩もしょっちゅうでしたが、
- 不思議と私とは仲良しでいつも行動をともにしていました。
- その時は何故かA子ちゃんと仲直りできず、そして会うこともなく、
- そのまま引越しをしてしまったのです。
- お互いに意地を張っていたのですね。
- 後悔しましたよー。
- 「なんで、謝っておかなかったのだろう。」と...。
- 心では思っていなくても、嘘でもいいから、「ごめんね」って言っておけばよかったと...。
- 10年以上経ってから、機会があって再会したときに、当然話しはそのことになりました。
- 「お互いに意地っ張りだったからね。」と笑いあうことができたので、
- 今では後悔していませんが、それがなかったら一生それが続いたと思います。
- 妥協することや、相手をたてること、そして自分の感情を押さえることは、
- 一種の大人の知恵なのでしょうね。
- 子供の頃はそれができなかったのです。
- 負けず嫌いで意地っ張りな性格は変わることがないようですが、
- 相手に合わせてその場を取り繕うことができるようになり、
- もうそんな失敗をすることもないでしょうが、それをずるがしこいとか日和見とか思うのではなく、
- 人間関係を良好にするための方便と今では考えるようになっています。
- でも本当の友達になるような人には、本音で喋ることはできます。
- 本音で喋る相手にだけ自分を出すことができれば、それでいいのではないでしょうか?
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