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Q&A:健康 No.0073
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【Q】尊厳死について教えて下さい。
- 私の主人は、一昨年40年間務めた会社を退職しました。
- 子供達もみんな家を出ていますので、今は水入らずの二人暮しです。
- その後は、専業主婦だった私のために、4ヶ月に1回のペースで海外旅行に連れていってくれています。
- 趣味の刺繍や端唄の仲間との交流も含め、結構楽しく忙しい日々を過していたのですが、
- 2ヶ月前に姉が癌のため他界したときから、自分の将来について不安を感じ始めてしまいました。
- 姉は肺癌でした。
- 発病後半年ほどで亡くなってしまったのですが、見舞いに行くたびにやせ細っていく姿と、
- その苦しそうな表情に、長く病室にいるのが辛く早々に帰ってしまったこともあります。
- 自分自身この歳になれば、死を受け入れる余裕とそれなりの覚悟はありますが、
- 痛かったり苦しかったりしながら死んで行くのは避けたいし、怖くも思っています。
- 癌にかかるのは体質的な遺伝とも言われているだけにとても不安です。
- もし自分が癌を発病して、現在の医学では治癒の見込みがないのに、
- 痛みや苦しみを感じながら延命処置を続けられるより、なるべく早い段階での尊厳死をと思うようになりました。
- 勿論他の病気や事故などで植物人間になってしまった場合も同じです。
- 病床に臥して口がきけなくなってからでは遅いので、この希望をかなえるため、元気な今のうちに、
- 何とかできればと考えていますが、方法が分かりません。
- どなたか教えて戴けますでしょうか?
【A1】いわゆる「安楽死」のことですよね。
- 誰でもが、死を考える時、苦しまずそしてきれいにと思うはずです。
- 日本では「安楽死」を二つに分類しています。
- 一つは「消極的安楽死」です。
- 「消極的安楽死」とは、無意味な延命治療をしないで自然な死を迎えるように支援することです。
- 言い換えると、苦痛除去のためにした医療行為が結果として命を縮めた場合のことを言います。
- 他の一つは「積極的安楽死」です。
- 「積極的安楽死」とは、本人の自発的意志を前提として一定の条件を満たした場合、
- 医師が自殺幇助の行為を行うことを言います。
- 平成4年に公表した日本医師会の報告書によると、回復の見込みがない患者の延命治療を
- 本人の希望によって打ち切る「尊厳死」は認めるが、薬物などで積極的に死をもたらす「安楽死」は
- 原則的に認めないとしています。
- この結論は、法律的・倫理的・道義的・人情的に、万人に認められているものではありませんが、
- 一つの方向性を出していることも間違いありません。
- でも身内、特に子供達は、親には一日でも長く生きていて欲しいと願うものですし、
- 医者は患者の治癒を積極的に願うものです。
- 「不治の病」として現代医学から見離された患者でも奇跡的に回復した例もあるし、
- 末期ガン患者が全快した例もあるそうです。
- そんな事を前提に考えると、本当に不治なのかは、厳密な意味では誰も判断できないと言うことです。
- 患者が「苦しい、死なせて欲しい」と何度も懇願するような場合でも、本当に死にたいのか、
- 死への恐怖が言わせているのか、医者を含め周りの人間には正確な判断ができません。
- そんな理由で、患者自身の意志で延命治療の拒否という文書が仮に作成されていたとしても、
- 通常的な末期治療はどこの病院でも施されるでしょう。
- 現在、癌は早期発見によって治癒の可能性が非常に大きくなっています。
- 叉不幸にして末期癌になった場合でも、その痛みを100%近く感じさせない治療が出来るそうです。
- くよくよせず、あまり考えすぎず、毎日を健康的に過し、定期的に検査をし、老衰で死を迎えるまで、
- お互いに頑張りましょう!!
【A2】貴女だけではないと思います。
- 「生まれてきたからには死は避けられない。」
- 昔から言われてきていることですね。
- 誰でもが不安に思いながら、なるべく考えないようにしていることです。
- 私は、今年、父の7回忌を迎えました。
- あっという間の7年間でしたが、今でも臨終間際の父の姿を覚えています。
- 透明のテントの中で酸素マスクを付け、意識がないのか覚醒しているのか、
- 枕元にいる私たちには全く判断のつかない状態で目を閉じていた父。
- 癌による1年半の闘病生活の後でした。
- 苦しいのか、何かを訴えたいのか、時折うわ言のように意味不明の言葉を発するそのそばで、
- 何もしてあげれずにただ心電図を見ていた記憶があります。
- 親族に対して主治医が言いました。
- 「本人は苦痛を感じていませんから!」
- そんな状態が3昼夜続いた夜半のことでした。
- 誰が言い出したのか定かではありませんが、「もう結構ですから・・・。」と医者に言った言葉が
- みんなをほっとさせました。
- その時の父に苦痛はなかったと今も信じていますが、確証はありません。
- 自分がその立場だったらどうなんだろう?時々思います。
- 効力があるかどうかは分かりませんが、自筆で書きました。
- 助からない命なら、余分な延命処置をしないこと。
- そして、なるべく苦痛を感じさせないでほしいということ。
- 連合いはもとより、結婚してそれぞれ所帯を持っている3人の子供たちにも、
- 折に触れ同じことを言っています。
- 無心論者である私は、こんな時子供たちに任せ、そして頼るしかないからです。
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